開発会社から「AIツールを使って開発します」と言われ、業務委託契約書を見直してみたら、AIについては何も書かれていなかった。システム開発の契約でAIの利用や著作権をどう決めればいいのか、迷っている発注者の方は少なくありません。
「委託先のAI利用を契約でどう決めておけばいいのか分からない。AIが書いたコードの著作権は誰のもの?納品されたら権利はちゃんとこちらに移るの?」
先に結論をお伝えします。「AIを使うか・使わないか」の一行ではなく、使い方の条件・納品物の扱い・問題が起きたときの対応を、契約書・NDA・仕様書に分けて書いておくことが大切です。また、AIが生成しただけの部分には著作権が発生しない場合があるため、「著作権を譲渡する」と書くだけでは守り切れない部分がある点も知っておきましょう。
この記事では、文化庁や経済産業省、IPAの公開資料をもとに、AIが書いたコードの著作権の一般的な考え方と、契約に入れておきたい8項目、弁護士に相談する前に整理しておきたい条項チェックリストを解説します。
システム開発の契約でAIの利用を決めておくべき理由
開発会社のAI利用について、打ち合わせで確認する項目は開発会社が「AIで開発しています」と言ったら?品質・レビュー・学習利用で発注者が確認したい10項目で整理しました。この記事では、その確認結果をどの文書に・どう残すかという契約側に踏み込みます。
口頭で確認しただけでは、担当者が替わったり、再委託先(=開発会社がさらに仕事を頼む別の会社)が作業したりしたときに、約束が引き継がれない可能性があります。また、後述するIPAのモデル契約のひな型も、生成AIでコードを作ることを前提にした条文にはなっていません。これはどちらかの落ち度ではなく、道具の変化に契約が追いついていないだけです。だからこそ、発注者と開発会社が同じ認識を文書で持っておくことが、お互いを守ることにつながります。
AIが書いたコードの著作権は誰のもの?文化庁の考え方
ここは法律の話なので、一般的な考え方の紹介にとどめます。個別の案件でどうなるかは、必ず弁護士などの専門家に確認してください。
📰 出典:文化庁「AIと著作権について」(「AIと著作権に関する考え方について」令和6年3月15日 取りまとめ)
文化審議会 著作権分科会 法制度小委員会がまとめた「AIと著作権に関する考え方について」では、AI生成物の著作物性(=著作権で保護される作品にあたるか)について、おおむね次のように整理されています。
- AIは法的な人格を持たないため、著作者にはなれない。著作物にあたる場合、著作者はAIを利用して創作した人になる
- AIへの指示が、表現に至らない「アイデア」にとどまる場合、その生成物に著作物性は認められないと考えられる
- 著作物性は個別の事例ごとに、人の「創作的寄与」がどの程度あるかを総合的に考えて判断される。指示の具体性や、生成物を確認しながら指示を修正して試行を繰り返したかなどが要素になる
- 人が創作的な加筆・修正を加えた部分には、通常、著作物性が認められると考えられる。一方で、それ以外の部分には影響しない
同じ資料では、AI生成物が「著作物になるか」と、AI生成物が「他人の著作物の権利を侵害するか」は別の問題だとも説明されています。侵害かどうかは通常の著作権侵害と同じく、既存の著作物との「類似性」と「依拠性(=既存の著作物をもとにしたこと)」で判断されるとされています。
📰 出典:文化庁「AIと著作権に関する考え方について」【概要】
発注者にとっての意味:「権利を移す」だけでは足りない
この考え方を契約に当てはめると、発注者として押さえておきたいのは次の2点です。
- AIが生成したままの部分は、そもそも著作権で守られない可能性がある。「納品物の著作権を発注者に譲渡する」と書いても、保護されない部分については、譲渡で独占できるとは限りません。そのため、秘密保持や「開発会社が同じ成果物を他の用途に使わない」といった契約上の約束で補う考え方があります
- AIの出力が他人のコードに似てしまうリスクは、権利の帰属とは別に手当てが必要。第三者から権利侵害を指摘されたときの対応を、あらかじめ決めておきます
モデル契約では納品物の著作権をどう扱っているか
契約書を考えるときの土台として、IPA(情報処理推進機構)が公開している「情報システム・モデル取引・契約書」が参考になります。ユーザ企業・ITベンダ・法律専門家が参加して議論し、どちらかにメリットが偏らない契約書を目指したものだと説明されています。
📰 出典:IPA「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」
第二版のひな型では、論点ごとに複数の案が用意されています。
| 論点 | モデル契約で示されている選択肢(要旨) | AI利用で追加で考えたいこと |
|---|---|---|
| 納入物の著作権 | A案:すべて開発会社に帰属/B案:汎用的なプログラム等を除き発注者へ移転/C案:汎用的なプログラム等を除き共有 | AI生成部分に著作権が生じない場合の扱い、開発会社による再利用の範囲 |
| 知的財産権侵害の責任 | A案:一定の条件のもと開発会社が損害賠償額等を負担/B案:損害賠償の上限の範囲で賠償 | AIの出力が既存コードに似ていた場合も対象に含めるか |
| 再委託 | A案:発注者の事前承諾が必要/B案:原則として開発会社の裁量(発注者は中止を求められる) | 再委託先にも同じAI利用条件を守らせるか |
なお、このひな型は生成AIでのコード作成を前提にした条文ではありません。上の表の右列は、モデル契約をベースにAI利用の観点で話し合っておきたい論点として、筆者が整理したものです。
業務委託契約・NDA・仕様書に入れたいAI利用の8項目
AI利用のルールは、すべてを契約書本体に書く必要はありません。変わりにくい原則は契約書やNDA(秘密保持契約)に、ツール名など変わりやすい内容は仕様書や別紙に分けると、ツールが変わるたびに契約を結び直さずに済みます。
| 項目 | 決めておく内容 | 書く文書の例 |
|---|---|---|
| 1. 使用可否・範囲 | どの工程で使ってよいか(設計・コーディング・テスト等)、使わない領域はあるか | 契約書/仕様書 |
| 2. ツールとプランの条件 | 入力内容を学習に使わない設定・法人向けプランで使うこと、ツール変更時の連絡 | 仕様書・別紙 |
| 3. 入力してよい情報 | 個人情報・顧客データ・認証情報(パスワード等)・未公開の事業情報を入力しない | NDA/仕様書 |
| 4. 再委託先への適用 | 再委託先・フリーランスにも同じ条件を守らせる | 契約書 |
| 5. 成果物の権利帰属と保証 | 著作権の帰属、AI生成部分の扱い、開発会社による再利用の範囲、人によるレビュー済みで納品すること | 契約書 |
| 6. 第三者権利侵害時の対応 | 通知・協力の手順、費用負担、修正・差し替えの対応 | 契約書 |
| 7. 記録・報告 | AIを使った箇所を追える記録(作業記録・変更履歴)を残す、求めに応じて報告する | 仕様書 |
| 8. 検収 | 受け入れ時に確認する資料(テスト結果、使用ライブラリとライセンスの一覧など) | 仕様書/検収条件 |
このうち、特に見落とされやすいのが3と4です。入力してはいけない情報の線引きは、個人情報を扱うサイトのセキュリティ要件の決め方とあわせて考えると整理しやすくなります。
「ツール名を契約書に書き込まれると、より安全なツールに切り替えたいときも手続きが必要になります。原則は契約書、ツールの一覧は別紙、という分け方だと助かります」
AIサービスの契約チェックリストも参考になる
経済産業省は2025年2月に「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」を取りまとめています。AIサービスの利用者が、提供するデータの利用範囲やAI生成物の利用条件などを検討するための基礎知識と、契約時のチェックポイントをまとめたものと説明されています。
📰 出典:経済産業省「『AIの利用・開発に関する契約チェックリスト』を取りまとめました」(2025年2月18日)
想定しているのはAIサービスの利用者と提供者の契約ですが、「渡したデータを何に使ってよいか」「生成物をどう使えるか」という視点は、開発会社との取り決めにもそのまま応用できます。
弁護士に相談する前に整理したい条項チェックリスト
ここに挙げるのは、条文の文例ではなく「契約書のどこかに、この論点への答えがあるか」を確かめるための一覧です。実際の条文の書き方や責任の範囲は、契約形態(請負・準委任など)や案件によって変わるため、弁護士などの専門家に確認してください。
- 生成AIの利用を認めるか、認める場合の条件(仕様書・別紙で定めるなど)が書かれているか
- 秘密情報の定義に、AIツールへの入力も「第三者への開示・提供」に含めるかどうかが整理されているか
- 再委託先に同等の義務を負わせる条文が、AI利用の条件にも及ぶ書き方になっているか
- 納品物の著作権の帰属と移転の時期(検収時・支払完了時など)が決まっているか
- 著作権が生じない部分について、秘密保持や再利用制限でどう扱うかが決まっているか
- 開発会社が汎用的な部品として再利用できる範囲が明確か
- 第三者から権利侵害を指摘されたときの通知・協力・費用負担・修正対応が書かれているか
- AI利用の記録を残す・報告する義務と、その範囲(どこまで詳しく)が決まっているか
- 検収時に提出してもらう資料が仕様書に列挙されているか
やりがちな失敗
- 「AIの利用は一切禁止」と書く:開発会社の通常の進め方が使えず、費用や期間が増えることがあります。守ってほしいのは禁止ではなく「条件」であることが多いはずです
- 「著作権はすべて発注者に帰属」で安心してしまう:前述のとおり、AI生成部分は保護の対象外となる可能性があります。秘密保持や再利用制限もセットで考えましょう
- 契約書にツール名を細かく書き込む:ツールの入れ替えのたびに契約変更が必要になります。変わりやすい内容は別紙へ
- AI利用のルールで見積もりが変わることを想定しない:記録や報告を細かく求めるほど、開発会社の作業は増えます。条件を決めたら、見積もりへの影響も確認しましょう。見積もりの比べ方はシステム開発の見積もりが3倍違うのはなぜ?で解説しています
発注者がやることチェックリスト
- ☐ 開発会社にAI利用の有無と使い方を確認し、その内容を文書に残す方針を伝えた
- ☐ 8項目を「契約書」「NDA」「仕様書・別紙」のどこに書くか振り分けた
- ☐ AIツールに入力してはいけない情報(個人情報・認証情報など)を具体的に書き出した
- ☐ 再委託の有無と、再委託先にも同じ条件が適用されるかを確認した
- ☐ 納品物の著作権の帰属・移転時期と、開発会社が再利用できる範囲を確認した
- ☐ 第三者から権利侵害を指摘されたときの対応手順を確認した
- ☐ 検収時に受け取る資料(テスト結果・ライブラリとライセンスの一覧など)を決めた
- ☐ 条文案を弁護士などの専門家に確認してもらった
開発会社への質問例
- 「AIツールの利用条件を、契約書本体と別紙に分けて書くとしたら、どの内容を別紙にするのが運用しやすいですか?」
- 「再委託先やフリーランスの方も、御社と同じAIツールの利用条件で作業しますか?それを契約でどう担保していますか?」
- 「納品物のうち、御社が他の案件で再利用する可能性がある部分はどこですか?」
- 「納品後に、第三者から権利侵害を指摘された場合、どのような手順で対応していただけますか?」
- 「AI利用の記録や報告をお願いした場合、見積もりや作業量にどのくらい影響しますか?」
まとめ:AI利用は「禁止か許可か」ではなく「条件と記録」を契約で決める
委託先のAI利用を契約で決めるときのポイントを振り返ります。
- 口頭確認で終わらせず、契約書・NDA・仕様書に分けて文書に残す
- AIが生成しただけの部分には著作権が生じない場合があるため、「著作権の譲渡」だけでなく秘密保持や再利用制限もセットで考える
- 使用範囲・ツールの条件・入力してよい情報・再委託先・権利と保証・侵害時の対応・記録・検収の8項目を確認する
- 条文は弁護士などの専門家に確認する
AIの利用ルールは、開発会社を縛るためではなく、発注者と開発会社が安心して効率的に進めるための共通ルールです。まずは8項目の表を開発会社との打ち合わせに持っていくところから始めてみてください。
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